針摺峠

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ひとりごと

高校がここになかったら、この地名を聞くことはなかったでしょう。
針摺出身の方からメールで「地名のゆらい」を教えていただきました。
が、これは眉唾だと私は高校生の時から思っています。
六反のとこにある榎社から湯町の先にある天拝山に行くのにわざわざ東の山の中の針摺を通ることはないでしょう。西側の3号線を渡ればすぐですもの。
もちろん菅公が天拝山に行ったのもおかしいと思ってます。(不出門という漢詩にあるように罪人として暮らしたことでしょうから。)

地名のゆらい

むかしむかし、菅原道真が天拝山と太宰府との間を移動していたとき、道端で老人が釘のように太い鉄を砥石で研いでいました。
道真が「おまえは何をしているのか?」と尋ねましたら、老人は「針を作っているんです。」と答えました。
道真は太い鉄から針を作ろうとしている老人にいたく心を打たれ、まだまだ私も精進せねばと反省の念を抱いたそうです。
そして、道真は「この地を針摺と名づける」と言ったそうです。

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